息子が大きい赤ちゃんであること

私の息子は大きい赤ちゃんだ。

私にはママ友という人達がいないので、本物の同月齢の他の赤ちゃんと比較することは出来ない。

以前からの友人に子供がいるが、既に大きいか、連れてまで会う人はいない。そもそも引きこもっていることに苦痛を感じていないので、会おうと思っていない。

社会と断絶された気持ちはない。逆に、復帰後の体調が不安である。こんな一日中食っちゃ寝、時々お世話とだらけた生活を1年近くして、果たしてまともに働けるだろうか…頑張らねば。

 

話は戻り、どうして大きいと分かるかというと、一つの指標となる成長曲線の図だ。

身長も頭囲も、グラフの中では大きめの部類だが、体重だけはずば抜けている。1ヶ月の頃から飛び出して、産まれたときからずっと大きい街道まっしぐらだ。

日割りで65g以上増えていた。

 

こう言うと、小さくて悩んでいるよりずっといいよ、大きい方がいいと言われる。ごもっとも、本当にそうですねと思う。

けれども大きいのは大きいので、悩みも心配事もある。だって、私も母親だもの。

 

私にとって息子は第一子で、今までに他の赤ちゃんの世話をしたことは一度もない。

だから赤ちゃんという生き物が一体どういうものなのか、文字や言葉でしかわからないのだ。

しかも赤ちゃんというのは、そういう文字や言葉があてにならないことが沢山あるということを、経験して知った。

 

息子は生まれてからすぐ食欲旺盛だった。

私もそれに応えるように出るタイプだったらしく、母乳のみで育てている。

経済的なのはありがたいが、2ヶ月になるまで乳首が切れてしんどい思いをした。

おまけに重いから、どんどん重くなっていくから、体は悲鳴をあげた。

もちろん軽い赤ちゃんでもずっと抱えていたり、慣れない体勢をとるから体に負担が来る。ただ、重いとそれが2倍3倍と負荷がかかるので、なにをしても体が休まらなかった。

 

抱っこ紐も辛いものがある。肩はもちろん腰にくる。これを抱えて家事するなんて、無理な気がする。現状家事をする時は、泣かない限り放置だ。

外に出る時は暖かくなってきたのでベビーカーが本当に役に立っている。

友人からもう使わないと言われて貰ったのだが、これが一番役立っている気がする。ベビーカーは買うつもりがなかったのだが、さすがに考えを改めた。どうみても必須でした。

本当にありがとう。

 

気がつくとおむつはLサイズ。顔もでかいしポヨポヨの体は相撲取りだ。赤ちゃんらしいと言えばそうだが、ムッチリしすぎて、服の横の限界が近づいてきている気がする。

70サイズはそろそろ終わりかもしれない。

 

残念ながら親は縦にも横にも大きくない。

そんな大きな息子と2人でいると「旦那さんは大柄なの?」と聞かれる。

残念、夫婦揃って普通だ。夫に関して言えば小柄だ。

加えて「動き出したらすぐシュッとするよ」と慰めのお言葉もいただく。耳にタコである。

 

まあ、息子だけが大きいわけではないし、そういうものだからそういうものだって思っている。

これからの成長が緩やかになるかもしれないし、親が大きくないから将来的に縦にも横にもそこまで大きくならないと思う。

大して気にしていないけれど、心残りといえば、ふにゃふにゃの赤ちゃん時代が少なすぎたことくらいだろうか。

テレビでふにゃふにゃの赤ちゃんを見るたびに、ないものねだりの感情が胸に広がる。

 

とりあえず深い意味はないにしても、大きいから楽でいいねとか、小さくて心配しなくていいねとか、あまり言われたくないなと思っている。

赤ちゃんを抱える期待と不安は同じはずだから。